世界中の人々が熱狂のなか月を見上げた1969年7月20日。ニール・アームストロングとともに月面に立った男、バズ・オルドリン。そのバズが、自身も出演した映画『ザ・ムーン』の公開前に日本にやってきた。その噂を聞きつけてじっとなんてしていられない!月に魅せられた少年・六太が体験した、月を歩いた男との出会い。
「最初に『誇り』を感じたよ」(元宇宙飛行士 バズ・オルドリンさん)
ムッタ バズさん、こんにちは!
バズ やぁ、こんにちは! おっ、君が着ているTシャツには『BUZZ』って書いてある! それは、もしかして僕のことかい?バズは、昔は愛称だったんだけど、今は本名として使っているんだよ。
ムッタ はい、もちろん知っています!! 人類初の月面着陸('69年)に成功して、月を歩いたバズさんは、僕と日々人の憧れですから、お会いできるなんて、夢にも思っていませんでした!!
バズさんの乗っていたアポロ11号は、どんな人たちが打ち上げを見送ってくれたんですか?
バズ 当時、父親は打ち上げの現場に来てくれたんですよ。父親も宇宙開発の仕事をしていたから、すごく喜んでね。ちなみに現在は、私の息子もアナリストやマネージャーとして宇宙開発に参加していて、親子三代、宇宙に関わってるんですよ。それから、叔父も打ち上げの現場に来てくれました。家族の見送りはそのぐらいだったかな。本当の兄弟じゃないけど、やはり、当時同じように訓練を受けていた同僚たちは、私にとっては兄弟みたいなものでした。私が最も仲が良かったのは、エドワード・ホワイト。彼に見送ってもらえたらよかったけど、悲しいことに、私の打ち上げの2年前に、彼はアポロ1号の訓練中の火災事故で亡くなってしまったので、その思いは叶いませんでした。
ムッタ 他の宇宙飛行士の打ち上げをバズさん自身はどう見送ったんですか?
バズ ジェミニ計画(アポロの前の宇宙計画。1962年から1966年まで)の打ち上げは、直接見ました。それから、私とアポロ11号の船長のアームストロングはアポロ8号('68年)のバックアップクルーだったので、アポロ8号の打ち上げも現場で見送りました。自分の乗った11号の後の12号・13号までは、フロリダじゃなくて、ヒューストンから映像で見送っていたんじゃないのかな。その後には、私はNASAを辞めましたから、ヒューストンで見送るってこともなくなって、テレビなどの映像で見るだけになりました。
他の宇宙飛行士の話をするなら、やはりエドワード・ホワイトについて、また話させてください。私は1966年の11月にジム・ラヴェルと2人でジェミニ12号で宇宙に出かけていました。地球に戻っても、任務は途切れなく続いているんです。だから、自由な時間がなくて、'67年の1月27日は、戦闘機でヒューストンへ移動していました。その戦闘機から降りた時に、初めて、アポロ1号に起きた悲劇を聞きまして。そのとき受けたショックのことは、今でも鮮明に覚えております。





