悶々ホルモン

悶々ホルモン

部位四十八 果てしない肉の光
第48 回(1/31更新)
 

 自分の金で酒が飲めるとか、他人から嫌われてもどうも思わないとか、大人になってよかったなーと思うことはいろいろあります。そのうちの一つが、一人で焼き肉屋に行けること!  思えば、一人焼き肉について熱く語ったのが約一年前、この連載の初回です。ある程度ドン引きされることは覚悟の上だったのですが、その後「わかるわかる、やっぱ焼き肉は一人だよね」「大勢で囲んだ場合、肉が焦げたり余ったりするのが嫌だと常々思っていた」等々、意外にも共感の声が寄せられました。
 とはいえ私とて、一見の焼き肉屋にいきなり一人で訪れたりはしません。この店はお一人様オッケーと、既にわかっている店でのみ実行します。そしてそういう店は、一つあれば十分なんですよ。そう、大崎『池上線ガード下物語』。

 平日の夜九時半、久しぶりに一人でこの店に向かいました。一年間あちこちでホルモンを食い続けた末、それでもこの店の肉をうまいと思えるのかどうか。私にとっては、それがこの連載の裏テーマだったのです。
 カウンターに着席して、まずはビール。ここのところ立て込んでいた〆切が、ようやく今日片付いた。ウー、空きっ腹にビールが染みるぜ。注文はズバリ、幻のホルモンと幻のミノ。あとナムルと味付き白髪ネギと韓国海苔ください。
 肉が到着すると、ホルモンもミノも、まず二切れずつ網に載せます。そして、食べたら食べた分だけ一切れずつ網の上に載せていく、一人だとこのピッチコントロールも自由自在。間に喫煙休憩を挟むこともできるし、いつでも焼きたてが食べられるのが嬉しい。オマケのように付いてくる餅(トック)も、忘れずに、網の周縁にセット。こうすれば焦げないもんね。さあさあ、燃えろよ燃えろ、炎よ燃えろ。
 ホルモンは腸の皮を下に、少し焦げ目が付くくらいまでカリカリに焼き上げて、裏側は軽く炙る程度に留める。いざ、一口?み締めれば、ジワ〜。脂と塩、やっぱ最強の組み合わせだ。  一つだけ、一年前と比べて、気になったことがあります。若干脂肪が少ない。もっと、肉厚のプルプルだったと思うんだけどなあ。もしかすると、私が他所 で脂肪たっぷりホルモンを食べ慣れたせいもあるかもしれない。あるいは、今日はたまたま仕入れがイマイチだったとか。いずれにしろ、かつて「ジュエル」と呼び習わしたほどの感動は、今日はありませんでした。それでも十分、うまいんだけどね。
 ちなみに、ホルモンに脂肪がたっぷり付いていることは、鮮度の証なのだそうです。鮮度が落ちたホルモンほどよく洗わなければならない。そして洗えば洗うほど、脂肪が落ちてしまう。当初は、脂肪の量は牛の個体差、体質によるものだとばかり思っていたのですが、上田のとんかつ屋主人が教えてくれました。
 取材過程で得た豆知識を思い出しつつ、脂肪の量が一番すごかったのは、やっぱ三島の『川村ホルモン』だよな。僅差だけど、二位は京都の『アジェ』、あそこもすごかった……。各地で食べ歩いたホルモンの記憶が走馬灯のように駆け巡ります。思えば、たくさん食べたもんだ。
 ちょっとセンチメンタルな気分に浸りながらも、ミノを返すことは忘れていません。各面きっちり焦げ目が付いたことを確認して、ジュッ。爆ぜていた脂が、舌の上でかすかに音をたてる瞬間……、おお、ここに感動があった!
 多分、この店に行ったことのない人が想像しているミノとは、別物だと思います。チェックの切れ目が入った、イカのような弾力の平べったい肉片、それが普通のミノ。しかし、この幻のミノは、サイコロのようなブロック状、まず見た目が違う。焼くときも、サイコロを転がすように、じっくり焼くのです。
 そして味、おいしいベーコンの脂身を分厚くして、その中に肉繊維をみっちり充実させたかのような歯応え。噛めば噛むほど味が出る、唇から涎のように脂が漏れ出てくる。各地でミノ、もしくはミノサンドと呼ばれる上ミノも食べた。そのどれもが、この幻のミノと比べれば、味気なかった。一年前は、このミノがどれほど幻であるか、気づかずにいたよ。
 この店、じつは連載中もちょくちょく、友人知人を連れて訪れてはいました。その場合多くは、私はホスト(網奉行)に徹するので、存分に肉そのものを味わっていたとは言い難いのですが、それでも薄々感じていたことがあります。それは、幻のホルモンと幻のミノ、両者の地位交替。
 かつてはホルモンが高値安定、ミノはその日その日で多少の差があったのです。燦然と輝きつづけるホルモンを心の拠り所としながら、ミノを食べ、今日は普通だなとか、今日は当たりだなどとミノ・レートを確かめながら食べたものでした。しかしここ数回訪れた限り、両者が逆転してきている。私の好みが変わっただけじゃない、初めて連れてきた人の感想を総合して考えた結果です。うーん、同じ店でもやっぱり、変わっていくものなんだろうなあ。

 継続は力なりという言葉が相応しいかどうかはよくわからないけど、食べ続けることでわかることって、やっぱりある。この連載ではなるべく毎週新しい店 を開拓するよう努めてきたのですが、本当は私、同じ店に何度も通いたいんです。また来たいと思っても、いろんな店のホルモンを食べるのに忙しくて、その多くは再訪が叶わなかった。『池上線ガード下物語』はたまたま家が近いので、けっこう通えたけど。
 〆にすいとんを食べて、お会計約六千円。ちょっとマッコリ飲み過ぎた。タプタプのお腹を片手で支えるようにして歩きながら、笑いがこみ上げてきました。一年間で充実したホルモンアーカイブを本格的に活用するのは、これからだもんね。ではまた、酒場で。(おわり)